三国志 (3)

張飛卒(ちょうひそつ)

白馬は疎林(そりん)の細道を西北へ向ってまっしぐらに駆けて行った。秋風に舞う木の葉は、鞍上の劉備(りゅうび)と芙蓉(ふよう)の影を、鋭い矢を指すようにかすめた。
やがて広い野に出た。
野に出ても、二人の身をなお、矢(や)うなりがかすめた。今度のは木の葉のそれではなく、鋭い鏃(やじり)をもった鉄弓の矢であった。

「お、あれへ行くぞ」
「女をのせて――」
「では違うのか」
「いや、やはり劉備だ」
「どっちでもいい。逃がすな。女も逃がすな」

賊兵の声々であった。
疎林の陰を出たとたんに、黄巾賊の一隊は早くも見つけてしまったのである。
獣群の声が、皆で発した声をつくって、白馬の影を追いつめて来た。
劉備は、振り向いて、
「しまった!」
思わずつぶやいたので、彼と白馬の脚とを唯一の頼みにしがみついていた芙蓉は、
「ああ、もう……」
消え入るようにおののいた。

万が一つも、助からぬものとは観念しながらも、劉備は励まして、
「大丈夫、大丈夫。ただ、振り落されないように、駒の鬣(たてがみ)と、私の帯に、必死でつかまっておいでなさい」と、いって、鞭(むち)打った。

芙蓉はもう返事もしない。ぐったりと馬の鬣(たてがみ)に顔をうつ伏せている。その容貌(かんばせ)の白さはおののく白芙蓉(びゃくふよう)の花そのままだった。
「河まで行けば。県軍のいる河まで行けば! ……」
劉備の打ちつづけていた生木(なまき)の鞭は、皮がはげて白木になっていた。

低い土坡(どは)のうねりを躍り越えた。遠くに帯のように流れが見えてきた。しめたと、劉備は勇気をもり返したが、河畔まで来てもそこには何物の影もなかった。宵に屯(たむろ)していたという県軍も、賊の勢力に怖れをなしたか、陣を払って何処かへ去ってしまったらしいのである。

「待てッ」
ロバにのった精悍(せいかん)な影は、その時もう五騎六騎と、彼の前後を包囲してきた。いうまでもなく黄巾賊の小方(しょうほう)(小頭目(しょうとうもく))らである。

ロバを持たない徒歩の卒どもは、駒の足に続ききれないで、途中であえいでしまったらしいが、李朱氾(りしゅはん)をはじめとして、騎馬の小方たち七、八騎はたちまち追いついて、
「止れッ」
「射るぞ」と、どなった。
鉄弓の弦(つる)をはなれた一矢(し)は、白馬の環囲(かんい)に突きささった。
喉(のど)に矢を立てた白馬は、棹立(さおだ)ちに躍り上がって、一声(せい)いななくと、どうと横ざまに倒れた。芙蓉(ふよう)の身も、劉備の体も、共に大地へほうり捨てられていた。

そのまま芙蓉は身動きもしなかったが、劉備は起ち上がって、
「何かっ!」と、さけんだ。彼は今日まで、自分にそんな大きな声量があろうとは知らなかった。百獣も術もなく怯(ひる)み、広野を野彦(のびこ)して渡るような大喝(だいかつ)が、唇(くち)から無意識に出ていたのである。

賊は、ぎょっとし、劉備の大きな眼の光におどろき、ロバは彼の大喝に、蹄(ひづめ)をすくめて止った。
だが、それは一瞬、
「何を、青二才」
「手むかう気か」
ロバを跳びおりた賊は、鉄弓を捨てて大剣を抜くもあり、槍を舞わして、劉備へいきなり突っかけてくるもあった。

どういう悪日と凶(わる)い方位をたどってきたものだろうか。
黄河の畔(ほとり)から、ここまでの間というものは、劉備は、幾たび死線を彷徨(ほうこう)したことか知れない。これでもかこれでもかと、彼を試さんとする百難が、次々に形を変えて待ちかまえているようだった。

「もうこれまで」
劉備もついに観念した。避けようもない賊の包囲だ。斬り死(じに)せんものと覚悟をきめた。
けれど身には寸鉄も帯びていない。少年時代から片時もはなさず持っていた父の遺物(かたみ)の剣も、先に賊将の馬元義に奪(と)られてしまった。

劉備は、しかし、
「ただは死なぬ」と思い、石ころをつかむが早いか、近づく者の顔へ投げつけた。
見くびっていた賊の一名は、不意を喰らって、
「あッ」と、鼻ばしらをおさえた。

劉備は、飛びついて、その槍を奪った。そして大音に、
「四民を悩ます害虫ども、もはや免(ゆる)しはおかぬ。タクケン出身の劉備玄徳(りゅうびげんとく)が腕のほどを見よや」
といって、捨身になった。

賊の小方、李朱氾(りしゅはん)は笑って、
「この百姓めが」と半月槍をふるってきた。

もとより劉備はさして武術の達人ではない。田舎の楼桑村(ろうそうそん)で、多少の武技の稽古はしたこともあるが、それとて程の知れたものだ。武技を磨いて身を立てることよりも、蓆(むしろ)を織って母を養うことのほうが常に彼の急務であった。

でも、必死になって、七人の賊を相手に、ややしばらくは、一命をささえていたが、そのうちに、槍を打落され、よろめいて倒れたところを、李朱氾に馬のりに組み敷かれて、李の大剣は、ついに、彼の胸いたに突きつけられた。

――おおういっ。
すると、……いやさっきからその声は遠くでしたのだが、剣戟(けんげき)のひびきで、誰の耳にも入らなかったのである。
遥か彼方の野末から、
「――おおういっ。待ってくれい」
呼ばわる声が近づいてくる。

野彦のように凄い声は、思わず賊の頭を振り向かせた。
両手を振りながら韋駄天(いだてん)と、こちらへ馳けてくる人影が見える。その迅いことは、まるで疾風に一葉の木の葉が舞ってくるようだった。
だがまたたく間に近づいてきたのを見ると、木の葉どころか身の丈(たけ)七尺もある巨漢(おおおとこ)だった。

「やっ、張卒(ちょうそつ)じゃないか」
「そうだ。近頃、卒の中に入った下ッ端の張飛(ちょうひ)だ」

賊は、不審そうに、顔見合せて言い合った。自分らの部下の中にいる張飛という一卒だからである。他の大勢の歩卒は、騎馬に追いつけず皆、途中で遅れてしまったのに、張卒だけが、たとえひと足遅れたにせよ、このくらいの差で追いついてきたのだから、その脚力にも、賊将たちは愕(おどろ)いたに違いなかった。

「なんだ、張卒」
李朱氾(りしゅはん)は、膝の下に、劉備の体を抑えつけ、右手(めて)に大剣を持って、その胸いたに擬(ぎ)しながら振り向いていった。

「小方、小方。殺してはいけません。その人間は、わしに渡して下さい」
「何? ……誰の命令で貴様はそんなことをいうのか」
「卒の張飛の命令です」
「ばかっ。張飛は、貴様自身じゃないか。卒の分際で」
と、いう言葉も終らぬ間に、そう罵(ののし)っていた李朱氾の体は、二丈も上の空へ飛んで行った。

卒の張飛が、いきなり李朱氾をつまみ上げて、宙へ投げ飛ばしたので、
「やっ、こいつが」と、賊の小方たちは、劉備もそっちのけにして、彼へ総掛りになった。
「やい張卒、なんで貴様は、味方の李小方を投げおったか。また、おれ達のすることを邪魔だてするかっ」
「ゆるさんぞ。ふざけた真似すると」
「党の軍律に照らして、成敗してくれる。それへ直れ」

ひしめき寄ると、張飛は、
「わははははは。吠えろ吠えろ。胆(きも)をつぶした野良犬めらが」
「なに、野良犬だと」
「そうだ。その中に一匹でも、人間らしいのがおるつもりか」
「うぬ。新米(しんまい)の卒の分際で」

喚(おめ)いた一人が、槍もろとも、躍りかかると、張飛は、団扇(うちわ)のような大きな手で、その横顔をはりつけるや否や、槍を引ったくって、よろめく尻をしたたかに打ちのめした。

槍の柄は折れ、打たれた賊は、腰骨がくだけたように、ぎゃっと”もんどり”打った。
思わぬ裏切者が出て、賊は狼狽したが、日頃から図抜けた巨漢(おおおとこ)の鈍物と、小馬鹿にしていた卒なので、その怪力を眼に見ても、まだ張飛の真価を信じられなかった。

張飛は、さながら岩壁のような胸いたをそらして、
「まだ来るか。無駄な生命(いのち)を捨てるより、おとなしく逃げ帰って、鴻家(こうけ)の姫と劉備(りゅうび)の身は、先頃、県城を焼かれて鴻家の亡びた時、降参と偽(いつわ)って、黄巾賊の卒にはいっていた張飛という者の手に渡しましたと、有態(ありてい)に報告しておけ」

「あっ! ……では汝は、鴻家の旧臣だな」
「いま気がついたか。此方は県城の南門衛少督(なんもんえいしょうとく)を勤めていた鴻家の武士で名は張飛(ちょうひ)、字(あざな)は翼徳(よくとく)と申すものだが無念や此方が他県へ公用で留守の間に、黄巾賊の輩(やから)のために、県城は焼かれ、主君は殺され、領民は苦しめられ、一夜に城地は焦土と化してしまった。――その無念さ、いかにもして怨(うら)みをはらしてくれんものと、身を偽り、敗走の兵と化けて、一時、其方どもの賊の中に、卒となって隠れていたのだ。――大方馬元義にも、また、総大将の兇賊張角にも、よく申しておけ。いずれいつかはきっと、張飛翼徳が思い知らせてくるるぞと」

雷(いかずち)のような声だった。
豹頭環眼(ひょうとうかんがん)、張飛がそういってくわっと睨(ね)めつけると、賊の小方らは、足もすくんでしまったらしいが、まだ衆をたのんで、
「さては、鴻家の残兵だったか。そう聞けばなおのこと、生かしてはおけぬ」と、一度に打ってかかった。

張飛は、腰の剣も抜かず、寄りつく者をとっては投げた。投げられた者は皆、脳骨(のうこつ)をくだき、眼窩(がんか)は飛びだし、またたくうちに碧血(へきけつ)の大地、惨として、二度と起き上がる者はなかった。

劉備は、茫然と、張飛の働きをながめていた。燕(ツバメ)が飛び、龍が舞うような速さで、蹴れば雲を生じ、吠(ほ)ゆれば風が起るようだった。
「なんという豪傑だろう?」
残る二、三人は、ロバに飛びついて逃げうせたが、張飛は笑って追いもしなかった。そして、まっすぐ後ろを向いて向きを変えると、劉備のほうへ大股に近づいてきて、
「いや旅の人。えらい目に遭いましたなあ」
と、何事もなかったような顔して話しかけた。そして直ぐ、腰に帯びていた二剣のうちの一つをはずし、また、懐中(ふところ)から見おぼえのある茶の小壺を取出して、「これはあなたの物でしょう。賊に奪り上げられたあなたの剣と茶壺です。さあ取っておきなさい」と、劉の手へ渡した。

「あ。私のです」
劉備は、失くした珠が返ってきたように、剣と茶壺の二品を、張飛の手から受取ると、幾度も感謝をあらわして、「すでに生命(いのち)もないところを救っていただいた上に、この大事な二品まで、自分の手に戻るとは、なんだか、夢のような心地がします。大人(たいじん)のお名前は、さきほど聞きました。心に銘記しておいて、ご恩は生涯忘れません」と、いった。

張飛は、首(こうべ)を振って、
「いやいや徳は孤(こ)ならずで、貴公がそれがしの旧主、鴻家(こうけ)の姫を助けだしてくれた義心に対して、自分も義をもってお答え申したのみです。ちょうど最前、古塔のあたりから白馬にのって逃げた者があると、哨兵の知らせに、こよい黄巾賊の将兵が泊っていたかの寺が、すわと一度に、混雑におちた隙(すき)をうかがい、夕刻見ておいた貴公のその二品を、馬元義と李朱氾の眠っていた内陣の壇からすばやく奪い返し、追手の卒と共にこれまで馳けてきたものでござる。貴公の孝心と、誠実を天もよみし賜うて、自然お手に戻ったものでしょう」

と、理由(わけ)をはなした。張飛が武勇に誇らない謙遜なことばに、劉備はいよいよ感じて、感銘のあまり二品のうちの剣のほうを差しだして、
「大人、失礼ですが、これはお礼として、あなたに差上げましょう。茶は、故郷(くに)に待っている母の土産なので、頒(わか)つことはできませんが、剣は、あなたのような義胆(ぎたん)の豪傑に持っていただけば、むしろ剣そのものも本望でしょうから」と、再び、張飛の手へ授けて云った。

張飛は、眼をみはって、
「えっ、この品をそれがしに、賜ると仰っしゃるのですか」
「劉備の寸志です。どうか納めておいて下さい」
「自分は根からの武人ですから、実をいえば、この剣の世に稀な名刀だということは知っていますから、欲しくてならなかったところです。けれど、同時に貴公とこの剣との来歴も聞いていましたから、望むに望めないでおりましたが」

「いや、生命(いのち)の恩人へ酬いるには、これをもってしても、まだ足りません。しかも剣の真価を、そこまで、分っていて下されば、なおさら、差上げても張合いがあり、自分としても満足です」

「そうですか。しからば、ほかならぬ品ですから、頂戴しておこう」
と、張飛は、自身の剣をすぐ解き捨て、渇望(かつぼう)の名剣を身に腰に付け、いかにもうれしそうであった。

「じゃあ早速ですが、まだ賊が押し返してくるにきまっている。それがしは鴻家のご息女を立てて、旧主の残兵を集め事を謀(はか)る考えですが――貴公も一刻もはやく、郷里へさしてお帰りなさい」
張飛の言葉に、
「おお、それでは」
と、劉備は、芙蓉(ふよう)の身を扶(たす)けて、張飛に託し、自分は、賊の捨てたロバをひろってまたがった。

張飛は、先に自分が解き捨てた剣を劉備の腰に付けてやりながら、
「こんな剣でも帯びておいでなされ。まだ、タクケンの地までは、数百里もありますから」といった。

そして張飛自身も、芙蓉の身を抱いて、白馬の上に移り、名残り惜しげに、
「いつかまた、再会の日もありましょうが、ではご機嫌よく」
「おお、きっとまた、会う日を待とう。あなたも武運めでたく、鴻家の再興を成しとげらるるように」
「ありがとう。では」
「おさらば――」

劉備のロバと、芙蓉を抱えた張飛の白馬とは、相顧(あいかえ)りみながら、西と東に別れ去った。

桑の家

タクケンの楼桑村(ろうそうそん)は、戸数二、三百の小駅であったが、春秋は北から南へ、南から北へと流れる旅人の多くが、この宿場でロバをつなぐので、酒を売る旗亭(きてい)もあれば、胡弓(こきゅう)を弾(ひ)くひなびた妓(おんな)などもいて相当に賑わっていた。

この地はまた、太守(たいしゅ)劉焉(りゅうえん)の領内で、校尉(こうい)鄒靖(すうせい)という代官が役所をおいて支配していたが、なにぶん、近年の物情騒然たる黄匪(こうひ)の悪がはびこり、それに脅(おびや)かされているので、楼桑村も例にもれず、夕方になると明るいうちから村はずれの城門をかたく閉めて、旅人も居住者も、いっさいの往来は止めてしまった。

城門の鉄扉(てっぴ)が閉まる時刻は、大陸の西崖(さいがい)にまっ赤な太陽が沈みかける頃で、望楼の役人が、六つの鼓(こ)を叩くのが合図だった。
だからこの辺の住民は、そこの門のことを、六鼓門(こもん)と呼んでいたが、今日もまた、赤い夕陽が鉄の扉(と)にさしかける頃、望楼の鼓が、もう二つ三つ四つ……と鳴りかけていた。

「待って下さい。待って下さいっ」
彼方からロバを飛ばしてきたひとりの旅人は、危うく一足ちがいで、一夜を城門の外に明かさなければならない間ぎわだったので、手をあげながら馳けてきた。

最後の鼓の一つが鳴ろうとした時、からくも旅人は、城門へ着いて、
「おねがい致します。通行をおゆるし下さいまし」
と、ロバをそこで降りて、型のごとく関門(かんもん)調べを受けた。
役人は、旅人の顔を見ると、「やあ、お前は劉備(りゅうび)じゃないか」と、いった。

劉備は、ここ楼桑村の住民なので、誰とも顔見知りだった。
「そうです。今、旅先から帰って参ったところです」
「お前なら、顔が手形(てがた)だ、何も調べはいらないが、いったい何処へ行ったのだ。今度の旅はまた、ばかに長かったじゃないか」

「はい、いつもの商用ですが、なにぶん、どこへ行っても近頃は、黄匪(こうひ)の横行で、思うように商(あきな)いもできなかったものですから」
「そうだろう。関門を通る旅人も、毎日減るばかりだ。さあ、早く通れ」
「ありがとう存じます」

再びロバにのりかけると、
「そうそう、お前の母親だろう、よく関門まで来ては、きょうもまだ息子は帰りませぬか、今日も劉備は通りませぬかと、夕方になると訊ねにきたのが、この頃すがたが見えぬと思ったらわずらって寝ているのだぞ。はやく帰って顔を見せてやるがよい」

「えっ。では母は、留守中に、病気で寝ておりますか」
劉備はにわかに胸さわぎを覚え、ロバを急がせて、関門から城内へ馳けた。

久しく見ない町の暮色にも、眼もくれないで彼はロバを家路へ向けた。道幅の狭い、そして短い宿場町はすぐとぎれて、道はふたたび悠長な田園へかかる。
ゆるい小川がある。水田がある。秋なのでもう村の人々は刈入れにかかっていた。そして所々に見える農家のほうへと、田の人影も水牛の影も戻って行く。

「ああ、わが家が見える」
劉備は、ロバの上から手をかざした。舂(うすず)く陽(ひ)のなかに黒くぽつんと見える一つの屋根と、そして遠方から見ると、まるで大きな車蓋(しゃがい)のように見える桑の木。劉備の生れた家なのである。

「どんなに自分をお待ちなされておることやら。……思えば、わしは孝養を励むつもりで、実は不孝ばかり重ねているようなもの。母上、済みません」
彼の心を知るか、ロバも足を早めて、やがて懐(なつ)かしい桑の大樹の下までたどりついた。

この桑の大木は、何百年を経たものか、村の古老でも知る者はない。
沓(くつ)や蓆(むしろ)をつくる劉備の家――と訊けば、あああの桑の樹の家さと指さすほど、それは村の何処からでも見えた。

古老がいうには、
「楼桑村という地名も、この桑の木が茂る時は、まるで緑の楼台のように見えるから、この樹から起った村の名かもしれない」とのことであった。
それはともかく、劉備は今、ようやく帰り着いたわが家の裏にロバをつなぐとすぐ、
「おっ母さん、今帰りました。玄徳(げんとく)です。玄徳ですよ」
と、広い家の中へ馳けこむようには入って行った。

旧家なので、家は大きいが、何一つあるではなく、中庭は、沓(くつ)を編(あ)んだり蓆(むしろ)を織る仕事場になっており、そこも劉備の留守中は職人も通っていないので、荒れたままになっていた。

「おや、どうしたのだろう。燈火(あかり)もついていないじゃないか」
彼は召使いの老婆と、下僕(しもべ)の名を呼びたてた。
ふたりとも、返辞もない。
劉備は、舌打ちしながら、
「おっ母さん」
母の部屋をたたいた。

阿備(あび)<劉備>か――と飛びつくように迎えてくれるであろうと思っていた母の姿も見えなかった。いや母の部屋だけにたった一つあった箪笥(たんす)も寝台も見えなかった。

「や? ……どうしたのだろう」
茫然、胸さわぎを抱いて、たたずんでいると、暗い中庭のほうで、かたん、かたん――と蓆(むしろ)を織る音がするのであった。
「おや」
廊へ出てみると、そこの仕事場にだけ、うす暗い灯影がたった一つかかげてあった。
その灯の下に、白髪の母の影が後ろ向きに腰かけていた。ただ一人で、星の下に、蓆を織っているのだった。

母は、彼が帰ってきたのも気がついていないらしかった。劉備がすがりつかんばかり馳け寄って、
「今、帰りました」
と顔を見せると、母は、びっくりしたように起ってよろめきながら、
「おお、阿備か、阿備か」
乳呑み児でも抱きしめるようにして、何を問うよりも先に、うれし涙を眼にいっぱいためたまま、しばしは、母は子の肌を、子は母親のふところを、相擁して温(ぬく)め合うのみであった。

「城門の番人に、おまえの母親は病気らしいぞといわれて、気もそぞろに帰ってきたのですが、おっ母さん、どうしてこんな夜露の冷える外で、今頃、蓆(むしろ)など織っていらっしゃるのですか」

「病気? ……ああ城門の番人さんは、そういったかも知れないね。毎日のように関門までおまえの帰りを見に行っていたわたしが、この十日ばかりは行かないでいたから」
「では、ご病気ではないんですか」
「病気などはしていられないよ、おまえ」と、母はいった。

「寝台も箪笥もありませんが……」
劉備が問うと、
「税吏が来て、持って行ってしまった。黄匪(こうひ)を討伐するために、年々軍費がかさむというので、ことしはとほうもなく税が上がり、おまえが用意しておいただけでは間に合わない程になったんだよ」

「婆やが見えませんが、婆やはどうしましたか」
「息子が、黄匪の仲間に入っているという疑いで、縛られて行った」
「若い下僕は」
「兵隊にとられて行ったよ」
「――ああ! すみませんでしたおっ母さん」
劉備は、母の足もとに、ひれ伏して詫(わ)びた。

詫びても詫びても詫び足らないほど、劉備は母に対して済まない心地であった。けれども母は、久しぶりに旅から帰ってきた我が子が、そんな自責に泣きかなしむことは、かえって不愍(ふびん)やら気の毒やらで、自分の胸も傷(いた)むらしく、
「阿備<劉備>や、泣いておくれでない。何を詫びることがあるものかね。お前のせいではありはしない。世の中が悪いのだよ。……どれ粟(あわ)でも煮て、久しぶりに、ふたりして晩のお膳をかこもうね。さだめし疲れているだろうに、今、湯を沸かしてあげるから、汗でも拭いたがよい」
と、蓆機(むしろばた)の前から立ちかけた。

子の機嫌をとって、子の罪を責めない母のあまりな優しさに、劉備はなおさら大愛の姿にぬかずいて、
「もったいない。私が戻りましたからには、そんなことは、玄徳がいたします。もうご不自由はさせません」

「いいえお前はまた、明日から働いておくれ。稼ぎ人だからね、婆やも下僕もいなくなったのだから、台所のことぐらいは、わたしがしましょうよ」

「留守中、そんなことがあろうとは、少しも知らず、つい旅先で長くなって、思わぬご苦労をかけました。さあ、こんな大きな息子がいるんですから、おっ母さんは部屋へ入って、安楽に寝台で寝ていて下さい」と、いって劉備はむりに母の手を誘(いざな)ったが、考えて見ると、その寝台も税吏に税の代わりに持って行かれてしまったので、母の部屋には、身を横たえる物もなかった。

いや、寝台や箪笥(たんす)だけではない。それから彼が灯(あか)りを持って、台所へ行って見ると、鍋もなかった。四、五羽の鶏と一匹の牛もいたのであるが、そうした家畜類まで、すべて領主の軍需と税に徴発されて、目ぼしい物は何も残っていなかった。

「こんなにまで、領主の軍費も詰まってきたのか」
劉備は、身の生活を考えるよりも、もっと大きな意味で、暗澹(あんたん)となった。

そして直ぐ、
「これも、黄匪の害の一つのあらわれだ。ああどうなるのだろう?」
世の行く末を思いやると、彼はいよいよ暗い心に閉ざされた。

物置をあけて、彼は夕餉(ゆうげ)にする粟(あわ)や豆の俵を見まわした。驚いたことには、多少その中に蓄えておいた穀物も干(ほ)し肉も、天井につるしておいた乾菜(かんさい)まできれいに失くなっているのだった。――もう母に訊くまでもないことと、彼はまた、そこで茫失(ぼうしつ)していた。

すると、むりに部屋へ入れて休ませておいた母が部屋の中で、何か小さい物音をさせていた。行って見ると、床板を上げて、土中の瓶(かめ)の中から、わずかな粟と食物を取出している。
「……あ。そんな所に」
劉備の声に、彼女はふり向いて、浅ましい自分を笑うように、
「すこし隠しておいたのだよ。生きてゆくだけの物はないと困るからね」
「…………」
世の中は急転しているのだ。これはもうただ事ではない。何億の人間が、生きながら餓鬼となりかけているのだ。反対に、一部の黄巾賊が、その血をすすり肉をくらって、不当な富貴(ふっき)と悪辣(あくらつ)な栄華(えいが)をほしいままにしているのだ。

「阿備や……。灯りを持っておいで、粟が煮えたよ。何もないけれど、二人して喰べれば、おいしかろう」
やがて、老いたる母は、貧しい卓から子を呼んでいた。

貧しいながら、母子は久しぶりで共にする晩の食事を楽しんだ。
「おっ母さん、あしたの朝は、きっと歓んでいただけると思います。今度の旅から、私はすばらしいお土産(みやげ)を持って帰ってきましたから」
「お土産を」
「ええ。おっ母さんの、大好きな物です」
「ま。何だろうね?」
「生きているうちに、もう一度、味わってみたいと、いつか仰っしゃったことがありましたろう。それですよ」

母を楽しませるために、劉備も、それが洛陽(らくよう)の銘茶であるということを、しばらく明かさなかった。

母は、わが子のその気持だけでも、もう眼を細くして歓んでいるのである。焦(じ)らされていると知りながら、
「織物かえ」と訊いた。
「いいえ。今もいったとおり、味わう物ですよ」
「じゃあ、食べ物?」
「――に、近いものです」
「何じゃろ。わからないよ、阿備や。わたしにそんな好物(こうぶつ)があるかしら」
「望んでも、望めない物と、諦(あきら)めの中に忘れておしまいになったんでしょう。一生に一度は、とおっ母さんが何年か前に云ったことがあるので、私も、一生に一度はと、おっ母さんにその望みをかなえてあげたいと、今日まで願望に抱いておりました」

「まあ、そんなに長年、心にかけてかえ? ……なおさら、分らなくなってしもうたよ阿備。……いったいなんだねそれは」
「おっ母さん、実は、これですよ」
錫(すず)の小さい茶壺(ちゃつぼ)を取出して、劉備は、卓の上に置いた。

「洛陽の銘茶です。……おっ母さんの大好きなお茶です。……あしたの朝は、うんと早起きしましょう。そしておっ母さんは、裏の桃園に莚(むしろ)をお敷きなさい。私はロバに乗って、ここから四里ほど先の鶏村(けいそん)まで行くと、とてもいい清水の湧(わ)いている所がありますから、番人に頼んでひと桶(おけ)清水を汲んできます」

「…………」

母は眼をまるくしたまま錫の小壺を見つめて、物もいえなかった。ややしばらくしてから怖い物でも触るように、そっと掌(て)に乗せて、壺の横に貼ってある詩箋(しせん)のような文字などを見ていた。そして大きな溜息をつきながら、眼を息子の顔へあげて、
「阿備や。……お前、いったいこれは、どうしたのだえ」
声までひそめて訊ねるのだった。

劉備は、母が疑いの余り案じてはならないと考えて、自分の気持や、それを手に入れたことなど、噛んでふくめるようにして話して聞かせた。民間ではほとんど手に入れがたい品にはちがいないが、自分が求めたのは、正当な手続きで購(あがな)ったのだから少しも懸念をする必要はありません――とつけ加えていった。

「ああ、お前は! ……なんてやさしい子だろう」
母は、茶壺を置いて、わが子の劉備に掌(て)をあわせた。

劉備は、あわてて、
「おっ母さん、滅相もない。そんなもったいない真似はよして下さい。ただ歓んでさえいただければ」
と、手を取った。そうして相擁したまま、劉備は自分の気もちの酬(むく)いられたうれしさに泣き、母は子の孝心に感動の余り涙にくれていた。

翌る朝――
まだ夜も白まぬうちに起きて、劉備はロバの背に水桶を結いつけ、自分ものって、鶏村(けいそん)まで水を汲みに行った。

もちろん劉備が出かけた頃、彼の母もずっと早く起きていた。
母はその間に、竈(かまど)の下に豆莢(まめ)の殻を焚いて、朝の炊(かし)ぎをしておき、やがて家の裏のほうへ出て行った。

桑の大木の下を通って、裏へ出ると、牛のいない牛小屋があり、鶏のいない鶏(とり)小屋があり、何もかも荒れ果てて、いちめんに秋草がのびている。

だが、そこから百歩ほど歩くと這うような姿をした果樹が、背を並べて、何千坪かいちめんに揃っていた。それはみんな桃の樹であった。秋は葉も落ちて淋しいが、春の花のさかりには、この先の蟠桃河(ばんとうが)が落花で紅くなるほどだったし、桃の実は市(まち)に売り出して、村の家何軒かで分け合って、それが一年の生計の重要なものになった。

「……おお」
彼女は、ひとりでに出たような声をもらした。桃園の彼方から陽が昇りかけたのだ。金色の日輪は、密雲を噛み破るように、端だけ見えていた。今や何か尊いものがこの世に生れかけているような感銘を彼女もうけた。
「…………」

彼女は、ひざまずいて、三礼を施(ほどこ)した。子どものことを祷(いの)っているらしかった。
それから、箒(ほうき)を持った。

たくさんの落葉がちらかっている。桃園は村の共有なので、日ごろ誰も掃除などはしない。彼女も一部を掃いただけであった。
新しい莚(むしろ)をそこへ敷いた。そして一箇の土炉(どろ)と茶碗など運んだ。彼女はもともと氏素性(うじすじょう)の賤(いや)しくない人の娘であったし、劉家も元来正しい家柄なので、そういう品もどこかに何十年も使用せずにしまってあった。

清掃した桃園に坐って、彼女は水を汲みに行った息子が、やがて鶏村から帰るのを、心静かに待っていた。
桃園の梢の湖(うみ)を、秋の小禽(ことり)が来てさまざまな音いろを転(まろ)ばした。陽はうらうらと雲を越えて、朝霧はまだ紫ばんだまま大陸によどんでいた。

「わしは倖(しあわ)せ者よ」
彼女は、この一朝の満足をもって、死んでもいいような気がした。いやいや、そうでないとも思う。独り強くそう思う。

「あの子の将来(ゆくすえ)を見とどけねば……」

ふと彼方を見ると、その劉備の姿が近づいてきた。水を汲んで帰ってきたのである。ロバにのって、ロバの鞍に小さい桶を結いつけて。
「おお。おっ母さん」
桃園の小道をぬって、劉備は間もなくそこへきた。そして水桶をおろした。

「鶏村の水は、とてもいい水ですね。さだめし、これで茶を煮たらおいしいでしょう」
「ま。ご苦労だったね。鶏村の水のことはよく聞いているけれど、あそこはとても恐い谷間だというじゃないか。後でわたしはそれを心配していたよ」
「なあに、道なんかいくら険(けわ)しくても何でもありませんがね、清水には水番がいまして、なかなかただはくれません。少しばかり金をやってもらって来ました」

「黄金の水、洛陽のお茶、それにお前の孝心。王侯の母に生れてもこんないい思いにはめぐり会えないだろうよ」
「おっ母さん、お茶はどこへ置きましたか」
「そうそう、私だけがいただいてはすまないと思い、ご先祖のお仏壇へ上げておいたが」
「そうですか、盗まれたら大変です。すぐ取って参りましょう」

劉備は、家の方へ馳けて、宝珠(ほうしゅ)を抱くように、茶壺を捧げてきた。
母は、土炉(どろ)へ、火をおこしていた。その前にひざまずいて劉備が茶壺を差出すと、その時、何が母の眼に映ったのであろうか、母は手を出そうともしないで、劉備の身のまわりを改まった眸(ひとみ)でじっと見つめた。

劉備は、母がにわかに改まって自分の身なりを見ているので、
「どうしたのですかおっ母さん」
いぶかしげに訊いた。

母は、いつになく厳粛な様子(ようす)をつくって、
「阿備(あび)」と、声まで、常とはちがって呼んだ。
「はい。何ですか」
「お前の身に着けている剣は、それは誰の剣ですか」
「わたくしのですが」
「嘘をおいい。旅に出る前の物とはちがっている。お前の剣は、お父さんから遺物(かたみ)にいただいた――ご先祖から伝わっている剣のはずです。それを、何処へやってしまったのです?」

「……はい」
「はいではありません。片時でも肌身から離してはなりませぬぞと、わしからもくれぐれいってあるはずです。どうしたのだえ、あの大事な剣は」
「実は、その……」
劉備はさしうつ向いてしまった。
母の顔は、いよいよ峻厳に変っていた。劉備が口ごもっていると、なお追及して、
「まさか手放してしまったのではあるまいね」と念を押した。

劉備は、両手をつかえて、
「申しわけありません。実は旅から帰る途中、ある者に礼として与えてしまいましたので」
いうと、母は、「えっ、人に与えてしまったッて。――ま! あの剣を」と、顔色を変えた。

劉備はそこで、黄巾賊の一群につかまって、人質になったことや、茶壺も剣も奪り上げられてしまったことや、それからようやく救われて、賊の群れから脱出してきたが、再び追いつかれて黄匪の重囲に陥ち、すでに斬り死しようとした時、卒(そつ)の張飛という者が、一命を助けてくれたので、うれしさの余り、何か礼を与えようと思ったが、身に持っている物は、剣と茶壺しかなかったので、やむなく、剣を彼に与えたのです――とつぶさに話して、
「賊に捕まった時も、張卒に助けられた時も、その折はもう何も要らないという気持になっていたんです。……けれど、この銘茶だけは、生命がけでも持って帰って、おっ母さんに上げたいと思っていました。剣を手放したのは申しわけありませんが、そんなわけで、この銘茶を、生命から二番目の物として、持ち帰ったのでございます」

「…………」

「剣は、先祖伝来の物で、大事な物には違いありませんが、沓(くつ)や蓆(むしろ)をつくって生活(くら)しているあいだは、張卒から貰ったこれでも決して間にあわないこともありませんから……」

母の惜しがる気持をなだめるつもりで彼がそういうと、何思ったか劉備の母は、
「ああ――わしは、お前のお父様に申しわけがない。亡き良人に顔向けがなりません。――わたしは、子の育て方を過(あやま)った!」と、慟哭(どうこく)して叫んだ。

「何を仰っしゃるんです。おっ母さん! どうしてそんなことを」
母の心を酌みかねて、劉備がおろおろというと、母はやにわに、眼の前にあった錫(すず)の小さい茶壺を取上げ、
「阿備(あび)、おいで!」と、きつい顔して、彼の腕を片手で引っ張った。
「何処へです。おっ母さん。……ど、どこへいらっしゃろうというんですか」
「…………」
彼の母は、答えもせず、劉備の腕くびを固くつかんだまま、桃園の果てへ馳けだして行った。そしてそこの蟠桃河(ばんとうが)の岸までくると、持っていた錫(すず)の茶壺を、河の中ほど目がけてほうり捨ててしまった。

「あッ。何で?」
びっくりした劉備は、われを忘れて、母の手頸(てくび)をとらえたが、母の手から投げられた茶の壺は、小さいしぶきを見せて、もう河の底に沈んでいた。

「おっ母さん! ……おっ母さん! ……一体、なにがお気にさわったのですか。なんで折角の茶を、河へ捨てておしまいになったんですか」
劉備の声は、ふるえていた。母によろこばれたいばかりに、百難の中を、生命がけで持ってきた茶であった。

母は、歓びの余りに、気が狂(ふ)れたのではあるまいか?
「……何をいうのです。騒がしい!」

母は、劉備の手を払った。
そして亡父(ちち)のような顔をした。
「…………」
劉備は、きびしい母の眉に、思わず後ろへ退がった。生れてから初めて、母にも怖い姿があることを知った。
「阿備。お坐りなさい」
「……はい」
「お前が、わしを歓ばせるつもりで、はるばる苦労して持っておいでた茶を、河へ捨ててしもうた母の心がわかりますか」
「……わかりません。おっ母さん、玄徳(げんとく)は愚鈍です。どこが悪い、なにが気にいらぬと、叱って下さい。仰っしゃって下さい」
「いいえ!」

母は、つよく頭を振り、
「勘ちがいをおしでない。母は自分の気ままから叱るのではありません。――大事な剣を人手に渡すようなお前を育ててきたことを、わたしは母として、ご先祖にも、死んだお父さんにも、済まなく思うたからです」
「私が悪うございました」
「お黙りっ! ……そんな簡単に聞かれては、母の叱言(こごと)がおまえに分っているとはいえません。――私が怒っているのは、お前の心根がいつのまにやら萎(な)えしぼんで、楼桑村の水呑百姓になりきってしもうたかと――それが口惜しいのです。残念でならないのです」

母は、子を叱るために励ましているわれとわが声に泣いてしまって、袍(ほう)の袖を、老いの眼に当てた。

「……お忘れかえ、阿備。おまえのお父様も、お祖父(じい)様も、おまえのように沓(くつ)を作り蓆(むしろ)を織り、土民の中に埋もれたまま、お果てなされてはいるけれど、もっともっと先のご先祖をたずねれば、漢の中山靖王(ちゅうざんせいおう)劉勝(りゅうしょう)の正しい血筋なのですよ。おまえはまぎれもなく景帝(けいてい)の玄孫(げんそん)なのです。この支那をひとたびは統一した帝王の血がおまえの体にながれているのです。あの剣は、その印綬(いんじゅ)というてもよい物です」

「…………」
「だが、こんなことは、めったに口に出すことではない。なぜならば、今の後漢(ごかん)の帝室は、わたし達のご先祖を亡ぼして立った帝王だからです。景帝の玄孫とわかれば、とうに私たちの家筋は断(た)ちきられておるでしょう。……だからというて、お前までが、土民になりきってしまってよいものか」

「…………」
「わたしは、そんな教育を、お前にした覚えはない。揺籃(ゆりかご)に入れて、子守唄をうとうて聞かせた頃から――また、この母が膝に抱いて眠らせた頃から――おまえの耳へ母はご先祖のお心を血の中へおしえこんだつもりです。――時の来ぬうちはぜひもないが、時節が来たら、世のために、また、漢の正統を再興するために、剣をとって、草廬(そうろ)から起たねばならぬぞと」

「……はい」
「阿備。――その剣を人手に渡して、そなたは、生涯、蓆を織っている気か。剣よりも茶を大事にお思いか。……そんな性根(しょうね)の子が求めてきた茶などを、歓んで飲む母とお思いか。……わたしは腹が立つ。わたしはそれが悲しい」
と、母は慟哭(どうこく)しながら、劉備の襟をつかまえて、嬰児(あかご)を懲(こ)らすように折檻(せっかん)した。

母に打ちすえられたまま、劉備は身うごきもしなかった。
打々(ちょうちょう)と、母が打つたびに、母の大きな愛が、骨身にしみ、さんさんと涙がとまらなかった。
「すみません」
母の手をいたわるように、劉備はやがて、打つ手を抑えて、自分の額に、押しいただいた。

「わたくしの考え違いでございました。まったく玄徳の愚かがいたした落度でございます。仰っしゃる通り、玄徳もいつか、土民の中に貧窮しているため、心まで土民になりかけておりました」

「分かりましたか。阿備、そこへ気がつきましたか」
「ご打擲(ちょうちゃく)をうけて、幼少のご訓言が、骨身からよび起されて参りました。――大事な剣を失いましたことは、ご先祖へも、申しわけありませんが……ご安心下さいお母さん……玄徳の魂はまだ此身(ここ)にございます」

――するとそれまで、老いの手が痺(しび)れるほど子を打っていた母の手は、やにわに阿備のからだをひしと抱きしめて、
「おお! 阿備や! ……ではお前にも、一生土民で朽ち果てまいと思う気持はおありかえ。まだ忘れないで、わたしの言葉を、魂のなかにお持ちかえ」

「なんで忘れましょう。わたくしが忘れても景帝の玄孫であるこの血液が忘れるわけはありません」
「よう云いなすった。……阿備よ。それを聞いて母は安心しました。ゆるしておくれ、……ゆるしておくれよ」

「何をなさるんです。わが子へ手をついたりして、もったいない」
「いいえ。心まで落ちぶれ果てたかと、悲しみと怒りの余り、お前を打擲したりして」

「ご恩です。大愛です。今のご打擲は、わたくしにとって、真の勇気をふるいたたせる神軍(しんぐん)の鼓(つづみ)でございました。仏陀(ぶっだ)の杖(つえ)でございました。――もしきょうのお怒りを見せて下さらなければ、玄徳は何を胸に考えていても、おっ母さんが世にあるうちはと、卑怯(ひきょう)な土民をよそおっていたかも知れません。いいえそのうちについ年月を過して、ほんとの土民になって朽ちてしまったかもしれません」

「――ではお前は、何を思っても、この母が心配するのを怖れて、母が生きているうちはただ無事に暮していることばかり願っていたのだね。……ああ、そう聞けば、なおさらわたしのほうが済まない気がします」
「もう私も、決心がきまりました。――でなくても、今度の旅で、諸州の乱れやら、黄匪の惨害やら、地上の民の苦しみを、眼の痛むほど見てきたのです。おっ母さん、玄徳が今の世に生れ出たのは、天上の諸帝から、何か使命をうけて世に出たような気がされます」

彼が、真実の心を吐くと彼の母は、天地に黙祷をささげて、いつまでも、両の腕(かいな)の中に額をうめていた。
しかし、この日の朝のことは、どこまでも、母子(おやこ)ふたりだけの秘(ひそ)かごとだった。
劉備の家には、相変らず蓆機(むしろばた)を織る音が、何事もなげに、毎日、外へもれていた。

土民の手あらの者が、職人として雇われてきて、日ごとに中庭の作業場で、沓(くつ)を編み、蓆を荷造りして、それが溜ると、城内の市(いち)へ持って行って、穀物や布や、母の持薬などと交易してきた。

変ったことといえば、それくらいなもので、家の東南(たつみ)にある高さ五丈余の桑の大樹に、春は禽(とり)が歌い、秋は落葉して、いつかここに三、四年の星霜は過ぎた。

すると、浅春の一日(あるひ)。
白い山羊(やぎ)の背に、二箇の酒瓶(さかがめ)を乗せて、それをひいてきた旅の老人が、桑の下に立って、独りで何やら感嘆していた。

誰か、のっそりと、無断で家の横から中庭へはいってきた。
劉備は、母と二人で、蓆を織っていた。無断といっても、土塀は崩れたままだし、門はないし、通り抜けられても、咎(とが)めるわけにもゆかないほどな家ではあったが――

「……おや?」
振向いた母子(おやこ)は目をみはった。そこに立った旅の老人よりも、酒瓶を背にのせている山羊の毛の雪白な美しさに、すぐ気をとられたのである。

「ご精が出るのう」
老人は、なれなれしい。
蓆機(むしろばた)のそばに腰をおろし、なにか話しかけたい顔だった。

「お爺さん、どこから来なすったね。たいそう毛のいい山羊だな」
いつまでも黙っているので、かえって劉備から口を切ってやると、老人はさもさも何か感じたように、独りで首を振りながら云った。

「息子さんかの。このお方は」
「はい」と、母が答えると、
「よい子を生みなすったな、わしの山羊も自慢だが、この息子にはかなわない」
「お爺さんは、この山羊をひいて、城内の市(いち)へ売りに来なすったのかね」

「なあに、この山羊は、売れない。誰にだって、売れないさ。わしの息子だものな。わしの売物は酒じゃよ。だが道中で悪漢(わるもの)に脅(おど)されて、酒は呑まれてしもうたから、瓶は二つとも空っぽじゃ。何もない。はははは」

「では、せっかく遠くから来て、おかねにも換えられずに帰るんですか」
「帰ろうと思って、ここまで来たら、偉い物を見たよわしは」
「なんですか」
「お宅の桑の樹さ」
「ああ、あれですか」
「今まで、何千人、いや何万人となく、村を通る人々が、あの樹を見たろうが、誰もなんともいった者はいないかね」

「べつに……」
「そうかなあ」
「珍しい樹だ、桑でこんな大木はないとは、誰も皆いいますが」

「じゃあ、わしが告げよう。あの樹は、霊木(れいぼく)じゃ。この家から必ず貴人が生れる。重々(ちょうちょう)、車蓋(しゃがい)のような枝が皆、そういってわしへ囁いた。……遠くない、この春。桑の葉が青々とつく頃になると、いい友達が訪ねてくるよ。蛟龍(こうりょう)が雲をえたように、それからここの主(あるじ)はおそろしく身の上が変ってくる」

「お爺さんは、易者かね」
「わしは、魯(ろ)の李定(りてい)という者さ。というて年中飄々(ひょうひょう)としておるから、故郷にいたためしはない。山羊をひっぱって、酒に酔うて、時々、市へ行くので、皆が羊仙(ようせん)といったりする」

「羊仙さま。じゃあ世間の人は、あなたを仙人と思っているので?」
「はははは。迷惑なはなしさ。何しろきょうは喜こばしい人と話し、珍しい霊木を見た。この子のおっ母さん」
「はい」
「この山羊を、お祝いに献上しよう」
「えっ?」
「おそらく、この子は、自分の誕生日も、祝われたことはあるまい。だが、今度は祝ってやんなさい。この瓶(かめ)に酒を買い、この山羊を屠(ほふ)って、血は神壇に捧げ、肉は羹(あつもの)に煮て」

初めは、戯れであろうと、半ば笑いながら聞いていたところ、羊仙はほんとに山羊を置いて、立ち去ってしまった。
驚いて、桑の下まで馳けだし、往来を見まわしたが、もう姿は見えなかった。

変更箇所等

燕飛龍髭(えんぴりゅうびん) -- ツバメが飛び龍が舞うような速さ
鄧茂(とうも)

何ギョウ(かぎょう) -- 中国後漢末期の政治家。へ・ヨン。
征箭(そや)のようにかすめた -- 鋭い矢を刺すように
曠(ひろ)い -- 広い
鬨(とき) -- 戦闘開始の合図のために皆で発した声
鬣(たてがみ)
驢(ろ) -- ロバ
仆れた -- 倒れた
百獣も為に怯(ひる)み -- 百獣も術もなく怯み
こなた -- こちらへ
踵(きびす)をめぐらす -- まっすぐ後ろを向いて、遠ざかる
抹石朱(まつしゅ) -- 朱色の鉱石の粉。赤い染料。
蔡邕(さいよう) -- 蔡邑
夙(と)く -- ずっと早く。【引用】とっくの昔--。
容子 -- 様子(ようす)
譟(さわ)がしい -- 騒がしい
肚(はら) -- 腹。【腹が決まる。→決心する。】

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